※本ページは広告による収益を得ています。

念仏札

一遍上人語録

百利口語(ひゃくりくご)

六道輪廻の間には ともなふ人もなかりけり

独りむまれて独り死す 生死の道こそかなしけれ

或は有頂の雲の上 或は無間の獄の下

善悪ふたつの業により いたらぬ栖(すみか)はなかりけり

然るに人天善所には 生をうることありがたし

常に三途の悪道を栖(すみか)としてのみ出でやらず

黒縄・衆合に骨をやき 刀山・剣樹に肝をさく

餓鬼となりては食にうゑ 畜生愚痴の報もうし

かかる苦悩を受けし身の しばらく三途をまぬかれて

たまたま人身得たる時 などか生死をいとはざる

人の形になりたれど 世間の希望たえずして

身心苦悩することは 地獄を出でたるかひぞなき

物をほしがる心根は 餓鬼の果報にたがはざる

迭(たがい)に害心おこすこと ただ畜生にことならず

此等の妄念おこしつつ 明け暮れぬといそぐ身の

五欲の絆につながれて 火宅を出でずは憂かるべし

千秋万歳おくれども ただ雷(いなずま)のあひだなり

つながぬ月日過ぎ行けば 死の期きたるは程もなし

生老病死のくるしみは 人をきらはぬ事なれば

貴賤高下の隔てなく 貧富共にのがれなし

露の命のあるほどぞ 瑶(たま)の台(うてな)もみがくべき

一度無常の風ふけば 花のすがたも散りはてぬ

父母と妻子を始とし 財宝所住にいたるまで

百千万億皆ながら 我身のためとおもいつつ

惜しみ育みかなしみし この身をだに打ちすてて

たましひ独りさらん時 たれか冥途へおくるべき

親類眷属あつまりて 屍を抱きてさけべども

業にひかれて迷ひゆく 生死の夢はよもさめじ

かかることはり聞きしより 身命財もをしからず

妄境既にふりすてて 独りある身となり果てぬ

曠劫多生の間には 父母にあらざる者もなし

万の衆生を伴なひて はやく浄土にいたるべし

無為の境にいらんため すつるぞ実(まこと)の報恩よ

口にとなふる念仏を 普(あまね)く衆生に施して

これこそ恒の栖(すみか)とて いづくに宿を定めねど

さすがに家の多ければ 雨にうたるる事もなし

この身をやどすその程は あるじも我も同じこと

終にうち捨てゆかんには 主がほしてなにかせん

もとより家宅と知りぬれば 焼けうすれども騒がれず
荒みたる処みゆれども つくらふ心さらになし

畳一畳しきぬれば 狭しとおもふ事もなし

念仏まうす起きふしは 妄念おこらぬ住居かな

道場すべて無用なり 行住坐臥にたもちたる

南無阿弥陀仏の名号は 過ぎたるこの身の本尊なり

利欲の心すすまねば 勧進聖もしたからず

五種の不浄を離れねば 説法せじとちかひてき

法主軌則をこのまねば 弟子の法師もほしからず

誰を旦那と頼まねば 人にへつらふ事もなし

暫くこの身のある程ぞ さすがに衣食(えじき)は離れねど

それも前世の果報ぞと いとなむ事も更になし

詞(ことば)をつくし乞ひあるき へつらひもとめ願はねど

僅かに命をつぐほどは さすがに人こそ供養すれ

それもあたらずなり果てば 飢死こそはせんずらめ

死して浄土に生まれなば 殊勝の事こそ有るべけれ

世間の出世もこのまねば 衣も常に定めなし

人の着するにまかせつつ わづらひなきを本とする

小袖・帷子・紙のきぬ ふりたる筵・蓑のきれ

寒さふせがん為なれば 有るに任せて身にまとふ

命をささふる食物は あたりつきたるそのままに

死するを歎く身ならねば 病のためともきらはれず

よわるを痛む身ならねば 力のためとも願はれず

色の為ともおもはねば 味わいたしむ事もなし

善悪ともに皆ながら 輪廻生死の業なれば

すべて三界・六道に 羨ましき事さらになし

阿弥陀仏に帰命して 南無阿弥陀仏と唱ふれば

摂取の光に照らされて 真の奉事(ほうじ)となるときは

観音・勢至の勝友あり 同朋もとめて何かせん

諸仏護念したまへば 一切横難おそれなし

かかることわりしる事も 偏に仏の恩徳と

思へば歓喜せられつつ いよいよ念仏まうさるる

一切衆生のためならで 世をめぐりての詮もなし

一年(ひととせ)熊野にもうでつつ 証誠殿にまうぜしに

あらたに夢想の告げ有りて それに任せて過ぐる身の

後生の為に依怙もなし 平等利益の為ぞかし

但し不浄をまろくして 終には土とすつる身を

信ぜん人も益あらじ 謗せん人も罪あらじ

口にとなふる名号は 不可思議功徳なる故に

見聞覚知の人もみな 生死の夢をさますべし

信謗共に利益せむ 他力不思議の名号は

無始本有の行体ぞ 始めて修するとおもふなよ

本来仏性一如にて 迷悟の差別なきものを

そぞろに妄念おこしつつ 迷ひとおもふぞ不思議なる

然るに弥陀の本誓は まよひの衆生に施して

鈍根無智の為なれば 智慧弁才もねがはれず

布施持戒をも願はれず 比丘の破戒もなげかれず

定散共に摂すれば 行住坐臥に障りなし

善悪ともに隔てねば 悪業人もすてられず

雑善すべて生ぜねば 善根ほしともはげまれず

身の振舞にいろはねば 人目をかざる事もなし

心はからひたのまねば さとるこころも絶え果てぬ

諸仏の光明およばざる 無量寿仏の名号は

迷悟の法にあらざれば 難思光仏とほめ給ふ

此法信楽する時に 仏も衆生も隔てなく

彼此の三業捨離せねば 無礙光仏と申すなり

すべて思量をとどめつつ 仰いで仏に身をまかせ

出で入る息をかぎりにて 南無阿弥陀仏と申すべし。

 

上巻

下巻

 

 




ページのトップへ戻る